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『中国の戦争力』発売中!

『中国の戦争力』 はじめに

小川和久 軍事アナリスト、静岡県立大学特任教授

 先人たちが折りに触れて口にしてきたように、国境を接する日本と中国は「引っ越しできない関係」にある。相手のことを嫌おうとも、憎もうとも、いやでも付き合わなければならない間柄である。

 そこにおいて日本に求められるのは、軍事面で中国を安全な状態にし、経済面においても日本企業が正当な利益を追求できる環境を、国家を挙げて戦略的に構築することである。

 それにもかかわらず、中国の軍事的動向については、いまにも日本を攻撃しそうな印象ばかりが先に立ち、危機感を募らせた日本の世論が冷静な政策判断を妨げかねない兆しさえ感じられる。

 そんな折しも、中国の軍事的動向に関する注目すべき報告書『中国安全保障レポート2013』が二〇一四年二月一日、防衛省の防衛研究所から公表された。

 本書で詳しく述べるように、中国は二〇一三年、海洋監視船「海監」を運用してきた国家海洋局など四部門の海洋管理組織を統合し、「中国海警局」を設立するなど、大幅な組織改編を実行した。

 そうした中国の動きについて、報告書は「中国共産党中央指導部で海洋問題の重要性が認識されている証左」として、海洋管理組織の整理・統合による能力強化を「日本を含む周辺諸国にとって警戒すべき動向」と分析している。

 海洋管理組織の強化ばかりではない。これまで陸軍中心だった中国人民解放軍にも、注目すべき戦略的な変化が現れている。以下は、『読売新聞』二〇一四年一月一日朝刊が一面トップのスクープとして伝えた情報である。
「中国軍が、国内に設置している地域防衛区分である七大軍区を、有事即応可能な『五大戦区』に改編することなどを柱とした機構改革案を検討していることがわかった。

 五大戦区には、それぞれ陸軍、海軍、空軍、第二砲兵(戦略ミサイル部隊)の四軍種からなる『合同作戦司令部』を新たに設ける。複数の中国軍幹部などが明らかにした。

 これまでの陸軍主体の防衛型の軍から転換し、四軍の機動的な統合運用を実現することで、沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海や南シナ海での制空権・制海権の確保に向けて攻撃力の強化を目指すものだ。新型装備の増強に加え、運用の近代化が実現すれば、日本や米国の脅威となるのは必至だ。(後略)」

 読売新聞のスクープは、「五年以内に、七大軍区のうち、沿海の済南、南京、広州の三軍区を三戦区に改編して、各戦区に『合同作戦司令部』を設置し、それぞれ黄海、東シナ海、南シナ海を管轄する。東シナ海での防空識別圏設定と連動した動きで、『〈海洋強国化〉を進める上で避けては通れない日米同盟への対抗を視野に入れた先行措置』」との人民解放軍幹部のコメントを紹介している。

 しかし、先に紹介した防衛研究所の報告書は危機管理に関する中国の基本的な考え方にも触れ、「主権や領土にかかわる問題には強硬な態度をとるものの、中国の立場が守られる限りは柔軟な行動をとる」「危機を作りだした原因は相手側にあるとして、自分たちの正当性を主張する傾向がある」とも指摘、「各機関の機能が一元化され、周辺諸国と中国との間で摩擦回避のための交渉が円滑に進む可能性がある」との見方を示している。

 そうした防衛研究所の報告書の分析を裏付けるように、防空識別圏の設定にあたっても、中国側から危機管理メカニズムの構築について積極的な提案が行われているのは、第一章で詳述するとおりである。

 尖閣諸島周辺での衝突を回避しようとする動きは、日中双方の当局者を含む官民の有識者による取り組みとしても加速されつつある。

 笹川平和財団と北京大学が呼び掛け、防衛省防衛研究所や国家海洋局海洋発展戦略研究所の研究員、東京大学など日中の大学の海洋安全専門家による有識者会合は二〇一四年一月末、両国政府に提出する前提で報告書をまとめ、海上保安庁と中国国家海洋局の間のホットライン設置などを提言した。

 このように、日中両国は尖閣諸島の領有権をめぐって高い緊張状態にあるものの、戦火を交えるような状態にはほど遠く、むしろ中国側は衝突の回避を前提としつつ、その中で国威を発揚し、国益を追求する姿勢で一貫しているとさえいえるのである。

 防衛研究所の報告書は、日本国の安全保障に責任を持つ防衛省のシンクタンクらしく、そのような中国の安全保障全体を複眼的に眺め、冷静な分析を提示している。これが、世界に通用する専門家の姿勢である。

 本書が心がけたのも、防衛研究所の報告書と同じプロフェッショナルの視点から中国の軍事的動向を分析し、中国の軍事力の実像を等身大で浮き彫りにする作業である。

 本書をまとめる過程で浮かび上がったのは、緊縮財政と悪戦苦闘しながらも軍事力の近代化で世界の先頭を走り続け、台頭する中国の軍事力にも効果的に先手を打ち続けているアメリカの姿であった。

 むろん、本書のテーマである中国の軍事力についても発見があった。アメリカに大きく水をあけられていることを自覚する一方で、戦略的に決めた自らの進むべき道をマイペースで着実に歩み、超大国にふさわしい水準に着々と近づいている姿である。

 当然のことながら、中国と緊張関係にある台湾、ベトナム、フィリピンもまた、独自の対中戦略によって国益を守り切る姿勢を貫いている。

 翻って日本はといえば、海洋国家を自覚し、海洋権益を守りきるための戦略的姿勢を備えてこなかった結果、尖閣諸島周辺での中国公船の領海侵犯すら制御できないという、超大国らしからぬレベルに終始してきた。

 このような日本の現状は、「外国に占領されたのは米軍が初めて」という、海に守られた島国という恵まれた地理的条件の中で、危機を経験することなくすごしてきたことの当然の帰結である。日本は、国家国民を挙げて危機に対するセンスが欠落している、と表現しても過言ではないだろう。

 いうまでもなく、外交・安全保障・危機管理は、国家の存亡、国民の生命に関わるだけに、世界のどこに出しても通用する答案(戦略、政策)のほかは零点をつけられる世界である。経験不足の日本が、国際水準を満たした答案を描き得なかったのは無理からぬところがあるが、外交・安全保障・危機管理以外の分野で高い能力を示している日本であれば、苦手とする分野についても、押さえるべきツボをわきまえることによって、一気に合格ラインをクリアすることは間違いない。

 本書は、私が主宰するミニ・シンクタンク「国際変動研究所」(http://sriic.org/)が、調査研究と維持運営の費用を捻出するために発行しているメールマガジン『NEWSを疑え!』(毎週月・木発行)の中から、中国の安全保障と軍事的な動向に関する記事を取捨選択し、データなどを更新の上、単行本に相応しい形に構成したものである。

 特に、共著者の西恭之氏(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教)は私の静岡県立大学での同僚でもあるが、その原稿はアメリカの名門シカゴ大学で政治学の博士号を取得した秀才ならではの秀逸な論考ぞろいで、日本政府の関係部署が参考にしたものも少なくない。軍事問題をめぐる俗論を整理するうえで、いささかでも読者諸賢の参考になるならば、これに勝る幸せはない。

 最後に、メールマガジン『NEWSを疑え!』の発行を支えていただいている出版社アスコムの高橋克佳社長、小林英史氏、フリージャーナリストの坂本衛氏、本書の出版を強く勧めてくださり、煩雑な編集の労をとっていただいた中央公論新社の間宮淳編集委員(前『中央公論』編集長)に心より御礼申し上げたい。

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